泉谷顕縦塾長の地頭力コラム
Japanese Math 「算数」で地頭を鍛える その5
2021/05/21 公開
2021/09/16 update
「Singapore Math」の秘密を探るシリーズ第2回目は、近年の世界の各種学力調査で、なぜシンガポールが数学力世界一の座に君臨しているのか?「Singapore Math」飛躍の要因(秘密)を探ります。
「ストリーミング制度」
第1の要因は、「小4で人生が決まってしまう」といわれるほどの厳しい競争原理が挙げられる。1979 年から開始された「ストリーミング制度」である。
優秀な人材を早期に発掘し育成をする選抜主義的な教育制度。シンガポールの教育制度の特徴として、シンガポールの初等教育(Primary School)は6年、中等教育(Secondary School)は4年、短期大学(Junior collages or Pre-university)は2~3年、大学(University)は3~4年となっている。
小4で全国的なテストがスタートし、その得点によって、事後のクラス、学校、さらには進路が決定されてしまう。
つまり、人口の少ないシンガポールでは、人材こそが唯一の資源であり、時代の変化に対応できる人材育成=教育こそが「生き残るための術」と考えられている。
国家を導くことができるリーダーを早期に発掘・育成することも重要であるが、国家を維持するための労働力の確保も重要で、座学の苦手な児童には、小4から手に職を付けさせて国際競争力のある労働者として育成しようとする国家の生き残りをかけた早期選別教育が実施されいる。
このため、シンガポールでは他の国々よりも、幼児から小4までの英才教育が特に過熱している。
「暗算(Mental Calculation)」
第2の要因は、シンガポールの小学校では、小1から「暗算(Mental Calculation)」が登場する。その後も、小3まで「暗算」が扱われる。
簡単な数値の計算ではあるが、その計算過程を教えることで、十進位取り構造の特徴を把握させることと、計算手順自体の意識化が図られている。
これは、「筆算」だと、機械的な計算になり、思考を伴わない傾向になる為である。さらに、小4での「概算」指導へとスムーズに移行することが意図されている。
小2で、分数が導入され、同分母分数の加減まで扱う。現行の日本では小4で扱っている。また、表のかき方(グラフの初歩)も扱われている。
小3では、平行や角等の図形領域の性質に関わる内容が多く扱われている。
小4では、「概算(Estimation)」が扱われている。
小5では、図形の論証に近い詳細な扱いが特徴である。
小数除法の「概算」、(23.64÷3)の問題。これをいきなり計算させるのではなく、23.64を、3の倍数と比較させ、21(= 3×7) と24(= 3×8)の間の数であることを求めさせる。そして、23.64がより24に近いので、 24÷3 = 8を求め、 23.64÷3≒8を導かせている。
もちろん、23.64が21.64等の21により近い数であれば、 21.64÷3≒7とする。また逆に、40.4÷5 = 8.08を「筆算」で求めた後に、その商が正しいことを、 40÷5 = 8の「概算」によって確認させる。
このように「概算」が、「答えを見積もる場面」と、「答えを確認する場面」の双方で有効なことが指導される。とりわけ、前者の学習活動は、日本の小4の内容と比較すると、かなり抽象度が高く、「数量感」が鍛えられていないと理解できない内容である。
十進位取り構造を意識した「概算」であるが、さらに高度な「数量感」が求められている。
3.46 ÷4を、3.2÷4と3.6÷4と比較し、3.46÷4≒9を求めさせる問題の場合、九九の逆の36÷4ではなく, 36tenths ÷ 4 =9 tenths (tenthsは1/10の意味)を「暗算」で求めることが意味理解を含めて可能になっているということを前提としている。
教科書の下の部分には、 Home Mathsとして、 0.28÷5を、 0.3÷5 = 30 hundreths ÷ 5 = 6 hundreths = 0.06(hundrethsは1/100の意味)の計算ができるようになることが求められている。
こうした十進位取り構造を意識した計算方法は、日本でも「バラ数」という名で研究が蓄積されてきたが、現段階では一部の地域での研究・実践にとどまっている。
日本の多くの小学校では,位取りや計算の意味を考えるよりも、筆算手順の正確な記憶と活用(数値の計算順序、解答の記入位置、小数点移動等)に重点が置かれている。ここが、「Singapore Math」との差になっている。
図形領域の扱い
第3の要因は、小5で取り組む、図形のかき方と性質が、論証的であること。
正方形や長方形を、定規と三角定規をどのような順で用いて,記すのかといった、かき方の詳細な手順を最初に理解させる。これらのかき方の手順は、その図形の性質を示すものであり、性質を意識化させることにつながる。
ひし形と平行四辺形のかき方も、最初に,ひし形と平行四辺形の性質を詳しく理解させてから、かき方の手順を指導する。重要なことは、図形のかき方の前に,その図形の性質を反復して詳しく扱う点である。
図形を示す記号の記述方法も含めて、平行、辺の長さの関係、角頂点の角度の関係等が詳しく扱われている。これらの詳しい扱いと、手順に沿った記述の方法は、その後の論証につなげる役割も担っていると考えられる。
こうした図形領域の扱いは、多くの日本の教科書では、非常に少ない頁数で扱われており、シンガポールの教科書での扱いと対照的である。
算数・数学の教科書において、図形領域における現実的な事象を扱う事例として、タングラムが取り上げられている。まず、小2では、 7つのピースを実際に用いて、教科書に記された正方形にすることが求められている。
小3では、複数のタングラムのピースを組み合わせて作った図形のそれぞれの角の大きさが、直角、直角よりも大きいところ、小さいところができることを考えさせたり、それらの図形を作らせたりしている。
そして、中1では、タングラムの各ピースの図形的特徴と、それらを組み合わせてさまざまな四角形を作らせ、各辺の長さや角の大きさ、あるいはそれらの関係について考えさせている。
このように、タングラムが図形領域の一つのトピックスとして取り上げられつつも、単にパズルとしての楽しみだけでなく、図形的な性質や特徴を学年の思考段階に応じて考えさせることができるように工夫されている。
日本では、どちらかというと、それらの文化的要素等の紹介の傾向が強く、内容の関連性の扱いが弱い傾向にある。
計算における「予測・遂行・検証」といった「思考プロセス」を重視する指導や、図形における数学的に厳密で詳細な記述を求める指導は、日本の現在の算数・数学教育に多くの示唆を与えている。
現行の日本の、基礎的な技能習熟の重点化と、現実事象の容易な扱いの2極分化は、その間で培わなくてはならない、数学における「類推する力」や、「論理的な思考力」、さらには「検証する力」の育成を欠落させる危険性をはらんでいる。
これらの3つの要因が、シンガポールの数学力を世界一へと押し上げたのではないかと考えられる。
日本では、今後、少子高齢化による人口減少が見込まれ、国力が衰退すると言われているが、日本でも、人材こそが大切な資源である。
「時代の変化に対応できる人材育成=教育」に注力することが今こそ求められている。
日本には、400年以上もの数学の歴史がある。江戸時代に発達した日本独自の数学「和算」から始まり、明治時代には急速に西洋科学を取り入れる為に「洋算」を導入し、昭和時代には高度経済成長を達成し、世界をリードする先進国に仲間入りした。
このように短期間で急成長できたのも、日本人の高度な数学能力が根底にあったからである。
資源もない、人口も減少する今後の日本では、「Singapore Math」飛躍の秘密を検証し、ギャップを埋め、数学力世界一の座に再び返り咲くことが、日本が世界で生き残る処方箋の一つである。
ぜひ、これからの日本の児童には、益々、算数を切り口とした「地頭力」の育成に取り組んで欲しい。幼児期のうちに、算数を得意科目にしてしまえば、新たな世界がみえることだろう。
塾長 泉谷顕縦
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