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泉谷顕縦塾長の地頭力コラム

Japanese Math 「算数」で地頭を鍛える その4

塾長 泉谷顕縦

塾長 泉谷顕縦

2021/05/14 公開

2021/09/16 update

 

今回から3回連続で、「Singapore Math」の秘密について探ります。

第1回目は、シンガポールの教育省による「2007Mathematics Syllabus Primary 」、「2007Mathematics Syllabus Secondary」を参考にしながら、算数・数学教育の目標(Aims) 、枠組み(Framework)の特徴、及び、シンガポールの「数計算と代数」の内容の扱いの特徴について探ります。

「Singapore Math」とは

シンガポールにおける算数・数学教育の目標は、

 

(1)日常生活に必要な数学概念と技能の獲得

(2)数学概念と技能の習得や応用過程に必要とされる能力の開発

(3)数学的思考や問題解決能力の開発

(4)数学的思考及び数学と他の分野との関係の認識と使用

(5)数学に対する積極的態度の開発

(6)数学学習と応用における各種数学的ツールの効果的な活用

(7)数学的思考から生じる想像的・創造的な活動の創出

(8) 論理的推論能力,数学的交流能力,そして協力的・独自的学習能力の開発

 

であります。

そして、小学校段階から高等学校段階までを貫く算数・数学教育の枠組みとして、メタ認知、(解決)過程、概念、技能、態度といった5 つの観点を挙げ、それらの能力育成を重点項目としている。

目標において特徴的な点は、思考力の育成、想像力・創造力、論理的推論能力等、高度な数学を用いた思考力の育成に重点が置かれていることである。

また、枠組みにおいては、根拠、関連、思考技能などの思考過程の重視と、思考過程そのものをモニタリングするメタ認知の重要性が指摘されている。

「暗算」と「概算」

小1 から小3まで「筆算」と並行して「暗算」を多く扱う。
各学年とも「暗算(Mental Calculations)」の単元が独立に設けられており、教科書では小1 で7 頁、小2 で13頁、小3 で13 頁を割いている。

習熟を主目的とした指導ではなく、94 や97 を100 として計算し、その後で、引き算をして解答を求めるなど、十進位取り構造に論拠した「暗算」指導が行われている点に特徴がある。

小3 までの「暗算」の指導を踏まえ、小4では「概算」を詳細に扱う。3.46÷4 を3.2÷4 と3.6÷4 と比較し、3.46÷4≒9 を求めさせるというものである。これは、予め36 tenths ÷4=9 tenths(tenths は1/10 の意味)を「暗算」可能であることが前提であり、計算技能によって解答にたどり着くことではなく、数感覚を利用して解答に接近することが求められている。

さらに、教科書の下の部分には,Home Maths(宿題)として、0.28÷5 を、0.3÷5=30hundreths÷ 5 = 6hundreths = 0.06 (hundredths は1/100 の意味)とする計算まで取り上げられている。

 

日本の教科書では、こうした「概算」指導は扱われておらず、数や桁に関する感覚がかなり身についていないと、理解困難な内容であるといえる。

 

シンガポールの計算指導の特徴を整理すると、「筆算」技能の習熟とともに、「暗算」、「概算」指導を低学年から高学年まで系統的に配置することで、解答予測、解答接近の能力を育成することが重視されている。

これは、小5 以降で使用する関数電卓を用いた計算において、得られた解答の妥当性を判別する能力の一つとして位置付けられていると考えられる。小5 以降の数学では、関数電卓やコンピュータなどの活用を前提として教科書が編纂されている。児童・生徒全員が、関数電卓(SHARP EL509WS、CASIO fx-95MS など)を所持しており、数学の授業場面に応じて活用している。小5 で扱う四則混合式の場合、演算に合わせて計算の順序を正しく理解することが重要な内容となる。

 

シンガポールの教科書ではこうした計算を関数電卓によって求める指示がある。通常の電卓では、入力された順序に沿って計算を行っていくが、関数電卓の場合、「=」が入力されるまでの数と演算をストックしておき、「=」の入力時点で正しい演算順序を判断して解答を表示する。

教科書の但し書きには、電卓にはこの二つの演算方法のタイプがあることが記されている。また、小5での分数の四則計算は,最初に通常の計算方法について扱い、その後、関数電卓を用いた計算方法について扱う。

ここでは、関数電卓を用いて解答を小数に直して近似値を求めるといった活動までが取り入れられている。

 

平方根、立方根は、日本ではそれぞれ中3、高2 で学習するが、シンガポールでは、小6 で学習する。導入は、正方形の面積や立方体の体積が示された際に、一辺の長さを求めるという場面を用いて行われる。

日本では、教科書において電卓の活用を促す場面があるが、複雑な計算である場合に電卓を使用してもよいという立場である。シンガポールでは、関数電卓の使用を前提として内容が構成されているために、関数電卓が必須であるという立場である。

そして、関数電卓を小学校高学年段階から積極的に活用することで、高度な数や計算の内容を早い段階から扱い、計算技能の習熟以上に、数感覚と解答過程の思考力の育成に時間を割くという特徴を持っている。

 

「概算」による「近似値」指導の重視と連動する形で、関数電卓の積極的な使用を前提とした数学のカリキュラム構成が行われている。そのため、複雑な計算においても,関数電卓の使用方法とともに、およその値を推測させることを重視している。また、帯分数や仮分数の解答も、関数電卓を用いて「近似値」を求めさせるなど、数量感覚を養う指導を徹底している。

 

このように、学年を通して、「暗算」、「概算」、「近似値」というように解答に接近する方法を習得させることができるようなカリキュラム構成となっており、関数電卓等の機器の利用方法の習得に加えて,機器利用に伴うリスク(押し間違いなど)を、チェックする役割としての解答接近能力の育成に重点が置かれている。

各種の数の特徴の指導にとどまらず、樹形図を用いてそれらの数の間の関係について扱うなど、数の構造を強調して取り上げる点に特徴がある。

中1 で、整数(正負の数)、有理数(循環小数含む)、無理数(π、立法根まで)、実数を扱うなど、数の関係を樹形図によって俯瞰させたり、整理して捉えさせたりする指導が行われている。

 

日本の数と計算指導は、「筆算」を中心にしたカリキュラム構成となっている。そのため、「筆算」手順の正確な理解と、計算順序、解答の記入位置、小数点移動などの習熟に重点が置かれており、短時間に正確な解答を求める能力育成に適したカリキュラムである。

解答を予測する見積もり指導も適宜取り入れられているが、系統的にカリキュラムに位置付けられていないため、「筆算」時のミスや「筆算」手順の忘却が起こると、解答にたどり着けない状態に陥るという問題もある。

また、「筆算」指導に費やす時間が長いため、小学校段階での数の扱いは、小数・分数までとなっており、小6で平方根まで扱うシンガポールと比較すると、各種の数を扱う時期が全般的に遅い。

テクノロジーの数学教育への応用

学校教育現場への普及に先行し、数学教育研究では、様々な形でテクノロジーの数学教育への応用が検討されてきた。

1970 年代前半より世界に先駆けて電卓(電子卓上計算機)が普及した時期、数と式の指導について、「これからの四則の計算は、計算機で出た答えが本当に正しいかチェックできることが必要である」とされ、そのためには、

①簡単な「暗算」ができる。
②概数についての計算ができ,電卓での答えをチェックできる。
③遅くとも確実に計算できる。

という能力の育成が重要視された。

 

その後、プログラム電卓、小型コンピュータが次々と開発されるようになり、学習者が主体的にコンピュータ等を活用して算数・数学を学ぶ教育のあり方が研究されてきた。

こうした実践は,価値実現活動( CVWL; Computer Valuable Worked Learning)と名付けられ、算数・数学の授業の中でコンピュータを用いることにより創造的活動を実現する取り組みとして提案された。

 

現在、日本の小学校の教室には,電子黒板(大型ディスプレイ)が設置され、生徒一人に一台のパソコンやタブレットが配布され、ICT教育が推進されている。ただし、こうしたテクノロジーの使用を前提とした各教科のカリキュラム構成(教科「情報」、技術科を除く)がなされていないために、指導者からの提示・説明型の使用、あるいは学習者の調べ学習での使用に傾倒しているという問題がある。

打開の方途は、これまでの数学教育研究における研究成果を踏まえ、テクノロジー使用を前提とした算数・数学のカリキュラム再編成に着手することである。

 

日本の評価、及び学力に関わる議論は,国内外の動向に大きく影響を受けながら推移してきた。すなわち、2000 年以降の国内の学力低下に関わる議論と、国際学力調査での低迷が交差する形で、活発に議論がなされたわけである。

とりわけPISA2000 では,数学リテラシーにおいて第1 位であったが、PISA2003 では第6 位に、PISA2006 では第10 位まで順位を落としたことは、文部科学省による2007 年度からの全国学力・学習状況調査にも少なからず影響を与えることとなった。

これまでの学力調査問題を踏襲する算数(A)、数学(A)問題に加えて、算数・数学の現実場面への活用力を測定する算数(B)、数学(B)問題が加わることとなった。また、調査結果については、都道府県別の成績を公開することとし、市町村別の成績の公開は各自治体の判断に委ねるという方式を用いた。

全国規模での悉皆(しっかい)調査(2009 年度まで)のため、教員や保護者も、自らの教育が全国の中で、どのレベルに位置するのかということの客観的指標を持つことができる点で、一定の効果が見られた。

 

その一方で、各都道府県の教育に関連する地域特性は考慮されず、都道府県別の順位競争に極端な関心が向くようになった結果、PISA2009 などの国際的な学力調査への関心は相対的に低くなり、国内での議論に終始するという新たな課題も生じるようになった。

今後、全国的な調査・評価を教育改善に活かしていくためには、個々の児童・生徒の学力状況をきめ細かに集積・分析し、適切な教育内容・方法へと繋げていくシステムを構築する必要がある。

その意味では、学力調査の実施と成績公開を切り離して議論し、調査はより広範に精緻な形で、一方、公開には過度の競争に陥らないルール作成を行っていくことが肝要である。

まとめ

今回の「Singapore Math」の秘密を探るシリーズ第1回目では、関数電卓の活用を前提とした、これからの算数・数学教育のあり方について、シンガポールの「数計算と代数」カリキュラムと学習評価システムの分析をもとに探ってみた。その成果をまとめると、以下の3 点になる。

 

第一に、シンガポールの「数と計算」カリキュラムの特徴としては、小学校低学年段階から系統的に「暗算」、「概算」、「近似値」を求めることを重視した構成となっていることである。

併せて、小学校高学年段階から関数電卓を積極的に活用し、平方根や手続きが複雑な計算などの高度な数学を早い段階で扱っている。関数電卓の活用を踏まえ、学習者には、「暗算」や「概算」による解答の妥当性や、解答に至るまでの論理的な厳密性を検証する能力の育成を重視している。

 

第二に、シンガポールの学習評価システムの特徴としては、各児童生徒の学習履歴を継続的に集積し、それらの分析を通して、実際の教育改善や多様な賞制度に結び付けていることである。

全体の平均点と比較するのではなく、個人内の経年変化に判断の重点が置かれており、全ての児童生徒が常に目標設定可能な状態を保証している点に特徴がある。

 

第三に、日本の「数と計算」のカリキュラムの特徴としては、「筆算」指導を中核に各学年の内容が組み立てられており、正しい「筆算」手順で素早く解答を求めることに重点が置かれていることである。

 

評価システムの特徴としては、各個人や各学校の成績が、全国平均との比較によって議論されることが多く、成績下位群では目標設定が困難となる場合が生じる。また、データ開示に対する共通のルールが確立されていないため、過度な競争原理が働く場合がある。

 

今後の日本の算数・数学教育のあり方を考えるにあたっては、テクノロジーが担う役割と、人間が担うべき役割をある程度明確にし、高度な数学内容の導入までを視野に入れたカリキュラム構成を検討していく必要がある。

また、学習者個々人の学習歴を、経年変化をも踏まえて精緻に分析し、適切な教育を提供するための評価方法を日本に根付かせていかなくてはならない。

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塾長 泉谷顕縦

塾長 泉谷顕縦

プラチナム学習会塾長。 21世紀に生きる子どものための幼児教育教室。 大阪を拠点に東京や全国に展開しています。

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